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●私たちの宗教的位置付け

1.Oriental Wiccaの宗教的位置付け

Oriental Wiccaは創立者橘青洲が受け継いだ伝統的ウイッチクラフトの伝統に基づいて1991年に創立された。

橘師が受け継いだ伝統は、はるか古代より連綿と受け継がれた原始信仰を元とし、村の魔女の伝統につながる。これは欧米を数百年に渡って吹き荒れた魔女狩りの不幸な歴史の中を当事者たちのみにわかる方法で生き延び、現代まで伝えられたものである。

しかしながら、その伝統がはるか古代の系譜を継ぐものであるということまではわかっているが、橘師自身も、その伝統がいつから続いているものかは知らない。そもそも、橘師にこの伝統を伝えた老師も、この伝統がいつからのものなのか、という橘師の質問に肩をすくめて「そんな古いことはわからない」というほどであったという。

もっともこれは即ち、人類の記録や記憶に残らないほどの古代からの継承ということをそのまま示すわけではない。ほんの1000年や2000年の間でも、その中の誰かが「この信仰がそもそもいつからなのか」ということを忘れてしまったり、伝えそびれたりすれば永遠にその記憶は失われてしまうからである。今となっては想像の域を出ないが、おそらくこの信仰がいつからのものであったか、という正確な記憶はかような事情でなくなってしまったのであろう。

だが、この信仰の多くの先人たちにとって、その由来の古さなどはある意味どうでもよかったことなのかもしれない。なぜなら、自分たちがどんな迫害や弾圧を受けても人を助ける仕事をしている、という自覚と誇りが間違いなくあり、その技術などの必要なものは全て伝承されていたがゆえに、歴史として体系だったものや、その創始の頃のことを伝えられなかったことが原因となる不都合はなかったからである。これは現代の橘師たちにとっても同じことが言えるだろう。この信仰が非常に古い伝統を持つということを知っていれば、それがどのくらいであったか、などという外部的な興味にしか役に立たない知識にどんな意味があるであろうか。そこに本質的な価値などは少なくても我々自身にはないはずである。

そういうと橘師たちの信仰を新宗教の一つだ、という人も多くいるだろう。しかし、それはそれでよいのである。なぜなら、古い伝統を元に橘師が1991年に創立したという事実を基にすれば、反論の余地なく新宗教なのだから。

しかし、伝統は大切なものであることは認めたうえで、新宗教だからといって何ら恥じることもない。既存の伝統だけの宗教では満足できず、また人生を豊かにすることもできなかった人が多い中、そうした人たちの一部にとって新しい価値を提供するために生まれるのが新宗教であり、逆に古い体質そのままの宗教ばかりでは人類を幸福に導くことは不可能だからである。もし、可能であったという反論をするものがあるとすればこう聞けばよい。既存の伝統だけの宗教で世の中から争いごとや不幸はなくなりましたか、と。もちろん無くなっている、と断言できる人がいたとしたら、その人は現実を見ることがなく、幻想の中でのみ生きている人である。そうした人はすでに自分だけは幸せなのだから、せいぜいその幸せが続くことを祈ってあげれば事足りるであろう。

かような考えに立脚して、この信仰は古い伝統の上にあるということを理解しつつ、その上で新しい価値を世に問わんとする新宗教である、という自覚と誇りを持ち、その上でさらに伝えられた伝統の上に新しい伝統を創りあげるという未来に目を向けたものである、といえる。


2.魔女の宗教の予備論考

そもそも宗教というものは司祭のための宗教である神秘宗教と一般信仰者、場合によっては日本の神道のように信仰を持たない一般の人たちに向けて開放されている公教という2種類の体系があたかも車の両輪のように動いて、はじめて宗教としての一般的な形が整ったといえる。

神秘宗教とは簡単に言えば、聖職者のための宗教であり、儀式などを執り行う側の宗教だと考えれば一般の人が理解するためのイメージとしては良いだろう。また、公教は聖職者以外の人たちの祈りの場や宗教思想などを生活にどう活かすかを研鑽する場であるという言い方もできる。

しかし、この説明はいささかわかりにくいし、イメージもしにくい。そこでもっと大雑把に、語弊は怖れずに言うとすれば、夏祭りの神輿をはじめとするいわゆるお祭り騒ぎや、初詣の参拝などが公教であり、そうした晴れやかな騒ぎが行われている神社の奥の方で、神官たちが厳かに、そして誰にもみられないところで儀式を行っているなどが神秘宗教である、といえば多くの日本人にはイメージしやすいのではないだろうか。他の例を挙げれば、修道院の修道士や修道女が日々実践している宗教活動が神秘宗教であり、結婚式や日曜日のミサ、日曜学校などが公教であるといえる。これでなんとなく神秘宗教と公教の違いはわかっていただけたであろうか。

さて、魔女の宗教は基本的に神秘宗教しかない。これはある意味当然のことで、日本の神道の氏子などと同じで、冠婚葬祭や出産などを司る村の賢者である魔女がいて、その村の人たちはあたかも氏子のような形で、困ったときには助けを求め、という緩やかな関係が大本にあるからである。村の魔女は個別に祈りなどを必要に応じて村人に教えることはあったかもしれないが、村人を宗教集団として組織する必要がそもそもなかったし、今と違い交通機関が発達していなかった為、村人の出入りが頻繁になる、ということもなかったので、宗教集団以前に、村人を改めて集団化する必要がそもそもなかったのである。

さて、ウイッカをはじめとする多くの現代の魔女やペイガンたちはこうした伝統を意識して、宗教集団化を嫌う傾向が強い。これは極めて納得できる考え方である。こうした伝統を大切にしようと思うなら、集団化はそもそも不要であるし、もともとが村に一人、もしくはせいぜい後継者候補の一人二人しかいなかったはずである事実、さらには、近隣の、といっても歩くことが主だった交通手段であった頃にはかなり遠方になるのであろうが、魔女たちが年に数回集まることがあるかどうか、ということから、魔女同士の年代的な先輩と後輩のようなお互いの敬意はあったにせよ、ヒエラルキーのごときものは存在しなかったであろうし、不要でもあったであろうとは容易に想像できる。だから、いわゆる宗教集団化は存在し得なかった、と言っても過言ではないし、この精神を受け継いでいるなら、時代が変わったとしても宗教集団化することをを嫌うのはある意味当然のことだといえるであろう。

さて、同時に、わざわざ魔女になりたい、という人も一般の村人から出ることも、なかったとまでは言わないが、限りなくなかったに等しい状況であったことは想像に難くない。そうなれば、そうした伝統を直接受け継いでいるわけではないにせよ、その伝統を強く意識した現代の魔女やペイガンの大多数が、自分たちは全て神性なる者と直接の関わりを持つという意味での司祭であり、全員が司祭なのだから神秘宗教だけでまったく問題がないと考えるのは当然だといえる。

事実、ウイッカの魔女集団であるカヴンの多くはリーダーは決めるが、その権限は限られたものであることが多く、また、カヴンによってはリーダーはメンバーの持ち回りで決める所すら少なくない。簡単に言えばサークルの部長のようなものだと考えてよいだろう。もっとも、カヴンはサークルというより家族に近いグループである為、持ち回りでリーダーを決めるカヴンではサークルの部長などと近い部分もあるが、特に持ち回りではないカヴンにおいては家の代表者のような位置づけになっていることも多いようである。

話を元に戻すが、古の魔女の宗教は総じて、そもそもが穏やかな土着の民族宗教、もっと言えば村ごとの宗教であったわけで、その担い手は女性が多かった。無論、男性の魔女(この表現は日本語としては何とも薄気味悪い表現ではあるが、混乱を避けるために男女共に魔女という名称を本稿では用いることにする)もいるにはいたが、多くは女性であった。こうして魔女たちにとっては穏やかなときが流れていたのだが、やがてキリスト教の改宗強制の強硬路線と、キリスト教による医療などの専門職の男性による独占を目指す動きが活発になり、悪名高い魔女狩りが行われたのである。

魔女狩りによって「魔女として殺された人たち」は非常に多いが、魔女狩りによって「殺された魔女」は意外と少ないといわれている。これは意外な事と感じられるかもしれない。たしかに魔女としてその地域でよく知られた魔女は真っ先に捕まり、殺されたに違いない。しかし、魔女とは賢者であったことを思い出して欲しい。そうした事件が起こったことを知るや、魔女たちは身を隠してしまい、その結果多くが生き延びたようである。自分たちの存在を明かすことがすなわち死を意味していたので、魔女狩りの嵐が吹き荒れた数百年、完全に表の世界から身を隠した。もっとも魔女狩りが終わった後でも、魔女たちは安易に安全を信じず、自分たちから表面に出ようとはしなかった。これはある意味当然であり、賢明であった。確かに公権力による魔女狩りはなくなりはしたが、差別という新しい種類の魔女狩りはしっかりと残っていたので、魔女であることを公表するメリットはなかったからである。

ここで歴史の正当性という点について話を移そう。現代の真っ当な魔女の多くは「古代から伝わる流れを直接受け継いでいる」という主張をするものは偽者であり、実際には歴史的なつながりも、伝統自体も途切れていると主張する人が主流である。たしかにそうした事例は多く、古代からのつながりを延々と説く魔女の多くは歴史的に検証すると矛盾がすぐ出てきてしまい、そう信じるのは自由だが、と言うものが多いのは残念ながら事実である。しかし、ごく少数ではあるが、逆に言えば、古代からのつながりは途切れていると信じている人たちが考えているレベルからすれば相当な数、古い伝統は生き残っているのである。ただ、その場合も古代からの伝統がそのまま生き残っているわけではなく、特に魔女狩りの時代に滅んでいったものも多く、また、いくつかの流派の伝統が融合して一つになって残っている場合も多い。確かにその意味で言えば、純粋な形で残っているということを考えるのはロマンがある考えではあるが、実際にはそんな生易しい歴史だったわけではなく、伝統は残っていると確信している橘師ですら、純粋な形で、というと言われ方をしたら、ありえないと即答するのは当然である。

さて、ここからが問題である。
かつてはいうなれば一子相伝の形で継承されていた伝統であり、また外部から魔女を志願してくるものもいないに等しかった時代は、裏を返せば「村に魔女は一人いればいい」という存在だったことがおおむね事実であろう。だから魔女の宗教は神秘宗教だけで何一つ問題がなかったわけだし、もっと言えば、魔女狩りの時代を生き延びることができたのも、人数が限られていたから一旦本気で魔女が表面から姿を消し、闇に逃げ込んだ時、どんなに必死の捜索をされても魔女狩りであぶりだすことができなかったともいえる。

しかし、今やウイッカをはじめとする「新しい魔女たち」は自分たちの存在を明らかにし、さらにインターネットの発展がそれに拍車をかけた。当然の流れとして、魔女になりたいという志願者の数は増えたが、実際の魔女たちには、それに十分に答えるだけの力があるとはいえない。まったく持って無責任な話といわれればその通りである。そこでイニシエイションが必要といいつつも、セルフイニシエイションでも良いのではないか、ということを言う魔女が増えるのは必然的なものであった。しかし、自分がイニシエイションを受ける機会に恵まれず、仕方なくセルフイニシエイションをした魔女たちが言うならともかく、イニシエイションを与えることができる「自分はイニシエイションを受けている魔女」たちからも同様の言葉が出てくるということには素直に納得できない。また、よく聞かれる話だが、志願者は既に魔女である人に認められなければイニシエイションを受けることができない、すなわち魔女になる第一歩を踏み出すことすらできない、ということである。これは確かに魔女は箒に乗って空を飛ぶ、などの話をいくら説明しても実現可能だと信じている人たちを除外することには役に立つし、事実そう考えている人や、その考えを捨ててくれない人もかなりいるので、一理はあることだといえる。しかし、中には箒に乗って、などという御伽噺の魔女ではなく、まともな宗教として捕らえている人でも「たまたま知り合うことができた魔女が個人的好みで拒否する」ということもあるのが事実である。明確な基準がないだけに自分の好き嫌いで真面目な志願者の魔女への道を断ってしまったりするという例もあることは誰でもが容易に想像できるだろうし、実際に少なくない。

また、志願者の中でも、魔女の信仰を知るにしたがって、自分は司祭というより、ただ祈りたいという人が出てくるのも当然の流れである。そもそも宗教は「ただ祈りたい」という素朴な欲求から始まることが現代では多いのではないだろうか。しかし、神秘宗教のみの魔女の宗教にはそれにすら答えるだけのものを持っていないのである。

これはいくら「魔女の宗教は神秘宗教だから」と言ったところで、当の魔女たちが本やインターネットで自分たちのことを声高に紹介しているのだから、無責任極まりない態度であることは自明だし、意地悪く見ればイニシエイションを受けている魔女が、セルフイニシエイションを志願者に勧めたり、イニシエイションを受ける機会を増やす努力を大してしていないのは、単なるエリーティシズムなのではないか、という意地の悪い見方までできてしまうのは当然のことであろう。事実、橘師も志願者の方々から、このことを指摘された時、かつては自分の非力を詫びると同時に、言い訳ならともかく、まともな反論はまったくできないということを無条件に認めるしかなかった、と語っている。

こうした状況は何を意味するのか?これはすなわち志願者に学ぶ場やイニシエイションのチャンスを増やし、学んだ後にただ祈りたいという素朴な欲求にたどり着いた人たちをも受け入れられる、言い換えれば神秘宗教の閉鎖性を必ずしも必要としない、しかし、いい加減なものではない新しい入れ物が必要になってきているということなのだ。

現代の魔女たちは神秘宗教ということを盾に、他の宗教と比べられては困る、他の宗教と比較して考えるなどというのは魔女を知らないからだ、などと言い切る人が多い。また、魔女の言う神秘宗教を公教と比較して論じること自体が間違いだという意見もある。が、これは乱暴極まりない話で、神秘宗教という言葉はもともと公教という言葉との対でできた言葉であるのだから、違う意味で使うのならば「公教とは対比できない神秘宗教」という言葉の定義をすべきである。この定義が矛盾を導かないものであれば、それは「神秘宗教という言葉の新しい意味」となるだろうし、それが納得できるものなら言語的な市民権も得るであろう。

しかし、その再定義をきちんと明示しない状況で、もともと存在する宗教学上の用語を「私は違う意味で使う」というのでは、「裏と表というの言葉を対比して論じるのは間違いだ」と言いつつ、ならばどんな言葉と対比させればいいのか、を提示しないのと同じであることは自明である。これを橘師はよく「私はこの言葉を辞書に載っている意味で使うのは嫌だ!!と駄々をこねているのと同じ次元の話」と断じているが、それが確かにそのとおりであることは自明である。

さて、神秘宗教と公教についての議論はきちんと書くと本一冊分くらいに簡単になってしまうので、この程度でとりあえず棚上げすることにして、時代が魔女の宗教に新しいステップを求めていることが自明である、ということについて話をうつそう。

結論から言ってしまえば、魔女の宗教を取り巻く状況は、多くの魔女の宗教を求める人たちによってもっと門戸を開くことが強く求められている、という事実である。言い換えれば、周囲の状況は魔女の宗教自体に、門戸の開放という外的要請を拒絶し古い殻に立てこもることの放棄を求めているのである。

とはいえ、現時点ではそれが正しいのかどうかはわからない、としか言いようがない。なぜなら、外的要因が求めているものが常に正しいということは誰が考えてもありえないことだからで、それはこの問題にも当然適用されるべきだからである。しかし、正しいかどうかは別問題として、それにどう対処するかという態度は大きく2つにならざるを得ない。曰く、その外的要請を断固拒絶すること、曰く、その外的要請を受け入れること、である。そして、同時に自覚しなければならないことは、そういう状況を作ったのは間違いなく「魔女たち自身」なのである、という大前提となる事実である。

もちろんどちらの選択肢にも理があるところがあり、理のないところもある。中庸を求めるのが一番賢い選択だという説もあるが、意外とその中庸が難しい。本人たちが中庸のつもりでいても、端から見ればどちらかに偏っている、というのがこの問題に限らず世の常である。

さて、こうした新しい外的要請を拒み、拒絶し、それを受け入れる姿勢をもつ立場そのものを否定し、攻撃し、自分の殻に立てこもるのは当然認められるべき個人の自由だが、それがいつまで多数派であり続けることができるかは甚だ疑問である。なぜならこの変化の外的要請は、言い換えれば神秘宗教と公教を両輪とする宗教への転換、神秘宗教だけの民族宗教からの脱皮、進化が求められていることに他ならないからである。この大きな流れはよいか悪いかは歴史が判断するものであるとしても、世界中の国が民主化を程度の差は別として受け入れざるを得なかったのと同質のものである事に気づくべきである。だが、民主化は一歩間違えると衆愚となり、また、多数意見が常に正しいわけでないことも自明である。そうなると民主主義の負の部分に目が行き、同じ轍を踏むのか、というところにまで発展してしまう。

3.Inner Light Houseの宗教的位置づけ

前項で神秘宗教と公教という考え方が魔女の宗教に押し寄せてきたことを簡単にまとめてみた。無論議論の甘いところがありそうだと思う部分は無きにしも非ず、だが、とりあえずこのくらいを共通認識にして話を進める方が建設的である。

さて、この魔女の宗教に対する外的要請についてどういう態度を取るか、ということは極めて重要である。

楽なのは当然、この外的要請を拒絶してしまうこと(この立場を以下便宜上「守旧派」とする)である。なぜなら、今までどおりにことを進めていけばよいだけであるし、難しいことも考えないですむ。加えて意地の悪い言い方をしてしまえば、志願者や、イニシエイションを受ける機会に恵まれない人や、ただ祈りたいだけ、という人に対する優越感を味わうこともできるであろう。外的要請を受け入れるという立場(この立場を以下便宜上「開放路線」とする)を取る者がいても、それは伝統に反するとか、他の宗教と同じにする必要があるわけがない、魔女をわかっていない、などと攻撃すればことは足りる。立場としては全くもって気楽である。

逆に開放路線を取ると、話は逆転する。かつては仲間であった守旧派の魔女たちから、一斉攻撃を受けることをまづ覚悟しなければいけない。おそらく何をやっても攻撃されるであろう。また、志願者に関しても、開放路線をとるからには積極的に受け入れなければならない。しかし、これは実はかなり大変な仕事であることも事実なのである。一言で志願者といってもそのレベルはかなり幅広く、仮に極めて優秀な志願者を相手にする場合一つとっても一人前になるまでには何年もかかる骨の折れる気の遠くなるような仕事を引き受けることになるのは明白だ。もちろん、これは守旧派であっても同じことなのだが、開放路線をとった場合、そのレベルの差はさらに広がるであろうし、人数も比ではなくなるだろう。その中には当然「箒に乗って空を飛ぶ魔女」になりたいというタイプのまったく関係のない魔女志願の人に現実を教え諭すという不毛な、しかし際限なく現れるであろう労力を払う必要すら出てくる。

しかも開放路線をとるデメリットはさらにある。まづ、開放路線をとるにしても手本とすべきものやガイドラインが当然ない。つまり、常に手探り状態なのである。加えて、伝統にはない活動を始めることになるわけだから、自分のしていることに対する不安も相当出てくるであろう。何よりも相談できる先達もいないのであるから、開放の名の下に人が増えても、それに比例して孤独な作業になっていくのである。

こう考えると、今現在魔女である者にとって開放路線を取るメリットは全くなく、デメリットだけは豊富にある、という結論が誰にでもわかるように導くことができる。これは確かに誰もやりたがらないわけであるし、自分がそれを期待されるような立場になればなるほど、どの魔女も守旧派になっていくのも納得できる。

しかし、外的要請と言ってしまえばそれまでだが、魔女たち自身が彼らの心に火をともしてしまったことは明白な事実である。また「本当に隠しておきたいなら表に出てこなければ良いのに」という言葉に合理的に反論など誰にもできない。また、その外的要請を叫んでいる一人一人は、多少勘違いしている人たちも多く混ざっているとはいえ、皆熱心にこの道を求めている人たちであることは間違いないのだ。そして、その周囲にいる「ただ感謝し、祈りたいだけ」という人たちの素朴な、しかし価値ある願いを一蹴してしまう権利は誰にあるのだろうか?

そう考えたとき橘師は自分の受け継いだ伝統と神秘宗教としてのOriental Wiccaを捨てもせず、変容もさせず、しかし、それを核にした公教の叩き台を作ることで、その外的要請に、それを叫んでいる人たちの思いに応える事に、やはり背を向けることはできないという事をようやく自分の中に受け入れる決心をした。

それを踏まえて、ここではInner Light House(以下ILHと表記する)の宗教的位置づけを述べようと思う。

ILHを一言で言うとすれば「無謀なまでの冒険」といえるだろう。
Oriental Wiccaが古代より受け継がれた伝統の上に立脚して、新しい宗教的価値を生み出そうとする試みであるとするならば、ILHはその野心溢れる実験的な試みである、といえる。その試みが吉と出るか、凶と出るかは歴史の判断に委ねるしかないが、ILHは神秘宗教であるOriental Wiccaが自らを核とした公教を創ろうという冒険なのである。


4.ILHの存在する場所

Oriental Wiccaの場合、どうしても志願者も現在のメンバーと物理的に顔を合わせることができるレベルのコンタクトが可能であることを求めざるを得ない性質がある。これはそもそも本来の姿としては正しい、あるべき姿である。そもそも魔女の宗教というものはマンツーマンで訓練や知識の伝授をすることを大前提としている。これは歴史的にもそうであったし、魔女の訓練自体が精神に大きな影響を与えることがあったり、ものによっては、そしてこれはしばしば初心者にはあることなのだが、情緒不安などの深刻な影響を与えることすらあるからである。これではとても怖くて遠隔で後進の指導をするわけにはいかない。これはOriental Wiccaに限らず、多くの魔女の宗教についてほぼ共通することである。逆に言えば、簡単にインターネットを含めて遠隔での指導を行うという魔女は、そもそもその教えるものが大したものではない場合か、適当なところで終わりにしてしまう無責任な態度からか、あるいは魔女を自称している商売人もしくは詐欺師であるといっても問題はないだろう。誰かを本気で魔女にしようと思った場合、現実はそういうものである。

また、ただ祈りたい人、ただ助けを求めたいだけの人を考えたときにも、マンツーマンというレベルの近隣性を重視していたのだから、同様の問題が起こることは容易に想像できるだろう。しかし、ここで、村の魔女の伝統に基づく考え方をしている私たちにとって一つの問題があることがいぶりだされてくる。すなわち、ここで私たちは考えなければいけない問題に直面するのだ。

「村はどこにあるのか?」

と。

現在、例えば自分がいるエリアで、村の魔女を自称した所で、それだけで自分のところまでくる人はどのくらいいるだろうか?広告を熱心にすれば別かもしれないが、そのようなことはしないので、おそらく良くて数人であろう。つまり、魔女のいる村はないのである。魔女のいる村が無くなった以上、村の魔女も存在が不要なのではないか、という意見もある。実に明快な理屈だ。

また、村の魔女という言葉の定義もあいまいな気がしなくもないし、そもそも「村の魔女という言葉」自体、その根拠に疑問がもたれている事実すらある。しかし、いまだに魔女の宗教のことを魔女術とよんだり、そもそも男性も存在するwitchを魔女と訳す以外ないくらい、魔女関連用語に対する日本語の未熟さというか貧しさというか、というべき現実から考えれば、この「村の魔女という言葉」の存在について議論をしようという態度こそ笑止である。百歩譲って「村の魔女というものは存在しなかった」という論点を正論とするならば、簡単な反論で事足りる。曰く「たしかに村の魔女という日本語は存在しなかった」である。そしてその上でwitch doctorやwise (wo)manの訳語を「村の魔女」とする、と定義してしまえば、この議論自体が成立しなくなる。本稿で用いられる「村の魔女」と言う言葉は所詮どちらの定義でも本質的な意義は変わらないことは当然である。しかし、問題はこのような瑣末的な言葉の問題ではない。

村の魔女というものが成立するには当然のことながら「村」がなければならない。山奥に一人住んでいるとしたら「山の魔女」になってしまうし、海辺に孤独に住んでいるなら「海辺の魔女」になってしまう。しかし、それでは「村の魔女」の話にはならない。当たり前のことを冗談のように述べているように感じられるかもしれないが、ここで「村の魔女」について語るにはどうしても「村」がどこにあるのか?という問題が残るのだ。これについては橘師がその著書『「村の魔女」から「ムラの魔女」へ』で言及しているので詳しくは割愛するが、地縁的な村から、共感的な「ムラ」へと村の魔女は自らの存在も含めて大きなパラダイムシフトをするべきなのである。このパラダイムシフトはもっと、それこそ100年単位で以前に行われて不思議がなかったのだが、欧米での弾圧は魔女に地下にもぐることを余儀なくしていたため行われず、その結果現代の要請になったと見ればある意味当然の流れであるといえるだろう。

結論的に言ってしまえば、現代における「ムラ」とは、橘師が指摘するように、広義にも狭義にも「コミュニティ」という言葉に集約されるのかもしれない。そういう意味ではILHは「コミュニティに存在するもの」であり、この考えによって言いかえを行うなら「村の魔女」は現代においては「ムラの魔女」であり、それはすなわち「コミュニティの魔女(Community witch)」といえるのかもしれない。

こうした冒険とも呼べる実験的な魔女の公教、それがInner Light Houseなのであり、私たちはそう自分たちの冒険を位置づけているのである。

 

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